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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2377号 判決

控訴人 小林本次

被控訴人 渡辺己知夫 外八名

主文

原判決中控訴人勝訴の部分を除く、その余を取消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

控訴費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は次に掲げるほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一、被控訴人ら代理人の陳述

(一)  請求の減縮

原判決後控訴人および訴外小林元吉所有の不動産に対する強制執行に基づく配当により被控訴人らに対し一部弁済(但し被控訴人篠田、同若山、同有限会社野沢織物、同合資会社三寺織物は、控訴人に対する貸付金、売掛金の順序で弁済に充当)がなされたので被控訴人らの控訴人に対する請求を減縮し、いずれも原判決認容額から右一部弁済額を控除した額である被控訴人渡辺己知夫は金六五万四七三三円、同関幸一郎は金一二万五九〇六円、同篠田四郎は金四四万七六七二円、同野沢信治は金三〇万〇九二六円、同若山昭治は金八六万〇三五四円、同堀沢達二は金三八万二七〇〇円、同有限会社野沢織物は金一九二万〇八三五円、同有限会社田文織物は金五万〇八七七円、同合資会社三寺織物は金一七三万九七五〇円および右各金員に対する弁済期後でしかも遅延損害金の一部弁済後である昭和四五年六月二六日右完済まで年六分の割合による金員の支払を求める。

(二)  名板貸の責任について

株式会社小林元商店倒産後訴外小林元吉は、小林元商店という商号で個人営業として従来と同様織物の販売業を営むに至つたが、自己が右倒産会社の代表取締役であつたため自己名義では対外的信用ないし協力が得られる見込がないところから、不動産を有し且つ戦時中見附市にあつた織物の統制会社に勤め比較的信用のある父親の控訴人に営業名義人になることの話をしその承諾を得て右小林元商店の経営者は控訴人であるかのごとく、同人の氏名を使用し昭和三五年一〇月ないし昭和三五年春以降昭和四五年倒産するに至るまで取引銀行である大光相互銀行見附支店、北越銀行見附支店その他の仕入販売先に対し小林元商店は控訴人が経営者であるがごとく申出ないし表示をして銀行と取引契約をなし、仕入先に対しては控訴人名義の手形小切手を振出し、恰も控訴人が個人営業である小林元商店の経営者であると信用せしめて取引を継続してきたものであり、被控訴人らはいずれもこれを信用し控訴人を小林元商店の営業主であると信じて本件売買ないし貸付をなしたものである。即ち、控訴人は、長男である小林元吉に対し同人が営む織物販売業小林元商店の経営者は控訴人であるがごとく自己の氏名を使用することを承諾した結果、事情を知らない被控訴人らいずれも小林元商店は控訴人が経営するものと誤信したものであるから、控訴人は小林元吉と連帯して元吉と被控訴人ら間の取引によつて生じた本件債務を弁済すべき責任がある。

二、控訴代理人の陳述

(一)  請求の減縮について

控訴人および訴外小林元吉所有の不動産に対する強制執行の結果被控訴人ら主張のごとき配当があつたことは争わず、従つてまた被控訴人らの請求の減縮について異議はない。

(二)  名板貸責任について

被控訴代理人主張の(二)は争う。被控訴人らはいずれも訴外小林元吉とのみ取引をしたものであり、小林元吉がなした営業についてその経営主体が控訴人であると誤信されるような外形は全然なく、仮りに誤信を受けるような事実があつたとしても、控訴人はかかる事実の存在することを知らなかつたものであり、控訴人と被控訴人らとは会つたこともない者が多く、被控訴人らとしては、万一の場合控訴人にその責任をとつてもらうなどということは全く念頭になかつたものであるのみならず、小林元吉は本件取引の内容については控訴人に全然相談もしていないのであるから控訴人としてはこれに承諾を与えることはもちろんその内容を知ることすらできない実情にあつたもので、控訴人に対し名板貸の責任を認める余地はない。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、被控訴人らがいずれも織物の製造販売業者であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三九号証原審および当審証人小林元吉の証言、同証人の当審における証言により成立の認められる乙第五八号証、原審における被控訴人渡辺己知夫、同関幸一郎、同篠田四郎、同野沢信治、同若山昭治、同堀沢達二(以上六名の被控訴人らについては以下名前を省畧する)、同有限会社野沢織物代表者野沢武(第一、二回)、同有限会社田文織物工場代表者田中文八郎、同合資会社三寺織物(以上三名の被控訴人らについては以下有限会社、合資会社の表示と省畧する)代表者三寺一民各尋問の結果によれば、その営業主が控訴人であるかあるいはその長男である訴外小林元吉であるかはしばらくおき、控訴人の長男訴外小林元吉は新潟県見附市において昭和三四年から昭和四二年まで〈杉小林元商店(以下単に小林元商店という)の商号で繊維製品売買業を営んでおり控訴人の家族も右元吉と同居していたこと、被控訴人渡辺は昭和四〇年秋頃から、同関は昭和三七、八年頃から、同篠田は昭和三三、四年頃から、同野沢は昭和四一年四月頃から、同若山は昭和四〇年頃から、同堀沢は昭和三九年か四〇年頃から、同野沢織物は昭和三六、七年頃から、同田文織物工場は昭和四一、二年頃から、同三寺織物は昭和三六年頃からいずれも右小林元商店から来た訴外小林元吉と直接折衝し、同人との間に繊維製品販売等の取引を行うに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで、右小林元商店の営業主体が控訴人といえるか否かについて検討する。

原審証人布川吉一、同桐生一義、同小林元吉の各証言前顕各被控訴人本人ないし代表者尋問の結果によると、〈杉小林元商店の商号で経営された期間である昭和三四年から昭和四一年秋頃までの間株式会社北越銀行、株式会社第四銀行、株式会社大光相互銀行との銀行取引は控訴人承諾の上控訴人名義でなされ、被控訴人らとの商取引においても控訴人名義の約束手形が振出されていたことが認められ、原審証人増田三造、同山崎正泰、同安村陽一、同小林元吉の各証言によると、控訴人は繊維製品販売のため東京・京都方面にしばしば来ていた事実のあることが認められるが(原審証人小林元吉、同小林トヨの各証言および当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果中この認定に反する部分は信用できない)、他面成立に争いのない甲第二二号証、乙第五ないし第二一号証、第四一号証、原審および当審証人小林元吉、原審証人小林トヨの各証言、当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、訴外小林元吉は当初親族が経営する〈杉〉株式会社小林商店に勤めていた(この認定に反する原審証人小林元吉の供述部分は同証人の当審における供述に照らし信用できない)が、昭和二〇年春頃〈杉小林元商店という商号をはじめて使用し織物販売業を開始したものであること、昭和二九年四月右個人営業形態を株式会社小林元商店と組織替えし、同訴外人が代表取締役となつたが、同会社は昭和三四年にいわゆる倒産したこと、そこで、その後はまた小林元商店という商号で同種の個人営業をなしたが、昭和四二年九月右個人営業も倒産し、右個人営業の期間中に被控訴人らと前記認定の取引がなされたものであること、一方控訴人は昭和一五年頃から織物の卸売業に従事していたが、昭和一七年頃から昭和二三年四月頃まで新潟県産地元売株式会社に勤務しており、右勤務中はもとよりその後においても右控訴人自身織物の営業をしたことがないこと、前記元吉がその営業を会社組織とし、その商号を株式会社小林元商店と改めたとき控訴人は取締役になつたが、昭和二三年四月以後昭和四二年九月までの間における個人営業ないしは右会社組織による営業を通じて、控訴人は必要に応じ荷造の手伝や出張をすることがあつた程度で、右営業を現実にとりしきつていたのは控訴人ではなく、訴外小林元吉であつたこと、昭和三四年から前記金融機関における当座預金口座を控訴人名義にしたのは前記倒産した会社の代表者である小林元吉名義にすることは対外的に適当でなかつたという事情によるものであること、少くとも昭和三五年から昭和四二年までの間、市町村民税、県民税は同訴外人が納入してきたこと、昭和二七年七月から昭和四二年一一月までの間電話加入者の名義も同訴外人であつたことが認められ、当審証人弦巻和栄の証言により原本の存在およびその成立が認められる甲第三三号証の五および九中この認定に反する部分は前掲各証拠に照らし信用し難い。

以上認定の各事実に徴するときは、小林元商店の営業主体は訴外小林元吉であると認定するのが相当であり、右小林元商店は控訴人個人が、または控訴人と訴外小林元吉とが共同経営にかかるものであると認めることはできず、従つて同訴外人の妻である訴外小林トヨをも加えた共同営業であると認めることはなほさらできないし、その他本件に顕われた全証拠によつても控訴人がその営業主体であることを肯認することはできない。もつとも、原審における被控訴人本人ないし代表者尋問の結果中には、控訴人が小林元商店の経営者である旨ないしは控訴人と小林元吉との共同経営者である旨の供述部分があるが、被控訴人らと直接取引の交渉にあたつたのは小林元吉であることは前記のとおりであり、これらの供述の根拠は主として小林元吉から受取つた約束手形が控訴人振出名義になつていたから経営者は控訴人であると思つたというのであるからこれらの供述をもつて小林元商店の経営者が控訴人であると認定する資料とはなし難い。

従つて、控訴人個人が小林元商店の営業主体であるとし(請求原因(一)の(1) )または控訴人が訴外小林元吉らと共同で小林元商店を経営するものとし(請求原因(二))、更には控訴人がその営業主体であり、訴外小林元吉は民法第一〇九条の表見代理である(請求原因(三))との被控訴人らの主張はいずれも理由がないものとして排斥するほかはない。

三、次に被控訴人らは、控訴人は小林元吉に対し、小林元商店の銀行取引および手形小切手の振出につき自己の氏名を使用することを許諾し、仕入先に対してはあたかも控訴人が小林元商店の経営者であると誤信させ取引を継続させたのであるから控訴人は被控訴人らと小林元商店との取引については商法第二三条によりその責任を負うべきものであると主張するので判断する。

商法第二三条は自己の氏、氏名又は商号を使用して営業をなすことを他人に許諾した者の責任を定めたものであつて、いわゆる名板貸人がその名義を使用して営業をなすことを許諾したことおよびその許諾によつて作り出された外観を第三者が信頼して取引したことを要件として名板貸人に対し名板借人と連帯して責任を負わせることとしたものである。

本件についてこれをみるに被控訴人らの取引の相手方である〈杉小林元商店なる商号の繊維製品売買業は控訴人の長男である小林元吉が個人で昭和二〇年にはじめて〈杉小林元商店なる商号を使用して営業をはじめ次いで昭和二九年四月頃これを株式会社に組織を変更して株式会社小林商店なる商号のもとに小林元吉がその代表取締役となつて同営業を継続したが、昭和三四年右会社の倒産により再び小林元吉個人が〈杉小林元商店として営業を再開したものであることおよび控訴人は右株式会社小林商店の取締役に就任したことはあつたが、〈杉小林元商店なる商号を使用して営業を行つた事実はかつてなかつたことは前認定のとおりである。そうすると、小林元吉に対し控訴人がその氏又は商号を使用して繊維製品売買の営業をなすことを許諾したことは全くなく、右小林元商店の営業が控訴人の営業であるとの外観を作出した関係にはないものといわなければならない。もつとも株式会社小林商店の倒産後元吉が〈杉小林元商店なる商号で個人営業を再開するにあたり株式会社北越銀行、株式会社第四銀行、株式会社大光相互銀行との間の当座預金、手形取引につき控訴人が元吉に対し控訴人名義で取引することを許諾し、控訴人名義の銀行取引ないし手形小切手の振出がなされ、これらの手形によつて〈杉小林元商店と被控訴人ら間の残金決済が行われた事実も前認定のとおりである(前掲被控訴人本人、代表者および証人小林元吉の証言によれば昭和四一年秋頃右各銀行との取引は小林元吉名義に変更され爾後は同人名義の手形の振出が為されたことが認められる)。しかし商法第二三条にいう営業とは事業を営むことを指称するものと解すべきであつて、右各銀行との取引ないし手形の振出行為は〈杉小林元商店の行う繊維製品売買の営業そのものではないから、控訴人が対銀行ないしは同人名義をもつて振出された手形につきその責任を負うことはかくべつとして、その原因行為である同商店の買掛金債務又は借受金債務についてまで、商法第二三条による責任を負うものと解することはできない。したがつて、たとえ被控訴人らが右手形の振出人名義が控訴人であることから〈杉小林元商店が控訴人の営業であると誤認したとしても、それだけでは商法第二三条の要件を充足しないから、被控訴人らの本主張は採用することができない。

四、さらに被控訴人らは、控訴人が〈杉小林元商店に対し商取引において最も当事者の信用が大きい金融機関の口座を控訴人名義にしてその手形を振出して取引することを許容し、それによつて被控訴人らは取引の主体が控訴人であると誤信して取引した結果本件債権相当の損害を被つたものであり、右は控訴人の故意又は過失に基くものであるから、控訴人は右損害を賠償すべき義務がある旨主張する。

しかし、自己の名をもつて銀行の当座取引等の開設これに基く手形の振出等を他人に許容することは何ら違法な行為ではなく被控訴人らの〈杉小林元商店に対する売掛金、貸金債権の回収が不能になつたのは同商店の倒産に基因するものであることは証拠上明らかであるばかりではなく、控訴人が前示銀行取引ないし手形の振出行為にその名義を使用させたことにつき、被控訴人らに対し右回収不能による損害を生じることを予見し又は予見しうべかりしものとする事実についての証拠がないから、右被控訴人らの主張も採用することができない。

五、以上の理由によれば、控訴人に対し売掛残代金、貸金の支払を求める被控訴人らの本訴請求は爾余の点について判断するまでもなくいずれも失当として棄却すべきものであり、これと異る判断のもとに右請求の全部又は一部を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三八六条第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 渡辺忠之 小池二八)

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